アイリス・アプフェル! 94歳のニューヨーカー

2016年3/5(土)より、角川シネマ有楽町他全国ロードショー

彼女のスタイルに、人生のヒントがある。

今もっともパワフルな94歳。世界中を飛び回り、夢中で働いた40年。キャリアと人生、そのすべてを解き明かす、奇跡のドキュメンタリー。

INTRODUCTION

最高齢のファッションアイコンにして現役キャリアウーマンから学ぶ、
“素敵に楽しく生きる”人生の極意!

アメリカの超一流メディアが、「傑作」「最高」「必見」と最上級の賛辞で大絶賛、全米最大のレビューサイトRotten Tomatoes™で満足度97%という破格の数字をたたき出し、各国の映画祭でも熱く支持されたドキュメンタリー映画が、いよいよ日本に上陸する。  世界中の人々が惚れ込んだのは、94歳にして多くの有名デザイナーたちからリスペクトされ、今なおNYのカルチャーシーンに影響を与える、アイリス・アプフェル。1950年代からインテリアデザイナーとして活躍、夫と設立したテキスタイル会社が大成功をおさめ、ジャクリーン・ケネディや歴代大統領からホワイトハウスの装飾を任されたというキャリアを誇る。

そして2005年、アイリスは84歳にしてその人生に大輪の花を咲かせた。彼女のファッション・コレクションの展覧会がメトロポリタン美術館で開催され、驚異的な動員数を記録したのだ。それ以来、アイリスは「KATE SPADE」の広告モデルや化粧品「M・A・C」のミューズを務め、人気アニメ「シンプソンズ」にキャラクターとして登場するなど、大きなメガネとアクセサリーがトレードマークのファッションアイコンとして愛され続けている。

 類稀なるセンスを、いつどうやって身につけたのか? 変化と競争の激しいNYで生涯現役の実業家でいられるビジネス術とは? そんなアイリスの“成功の秘訣”に迫るのは、『クリストのヴァレー・カーテン』でアカデミー賞®ドキュメンタリー短編賞にノミネートされたアルバート・メイズルス監督。『ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター』や『ポール・マッカートニー/THE LOVE WE MAKE』などでも高く評価され、“米ドキュメンタリー映画の巨匠”と称えられたが、惜しくも2015年に亡くなった。偉才ジャン=リュック・ゴタールが「最高のアメリカ人カメラマン」と評するなど、撮影監督としても名を馳せたメイズルスが自ら操るカメラが、伝説を打ち立てたメトロポリタン美術館の展覧会や、老舗百貨店・バーグドルフ・グッドマンでのディスプレイ企画、売り切れ続出のTVショッピングなどの舞台裏に潜入する。

また、デザイナーのアレキサンダー・ワン、ドリス・ヴァン・ノッテン、アーティストのカニエ・ウェストら豪華セレブが彼女の魅力ならぬ“魔力”を証言する。ポップでカラフルなアイリスの世界観を捉えた映像の随所に登場するのは、先ごろ亡くなった最愛の夫、カール。茶目っ気たっぷりの笑顔とアイリスが見立てたダンディな佇まいに、美しい二人の夫婦愛が偲ばれる。さらに、「ルールはない。あっても破るだけ」などのアイリスの格言の数々が心に響く。自由で楽しく生きることとサクセスの両立の極意を授けてくれる──そんな人生の達人に会える稀有なる体験をあなたに──。

アイリス・アプフェル

1921年8月29日、アイリス・バレル・アプフェルは、ニューヨーク州クイーンズのアストリアで、弁護士でブティック経営者の母セイディ・バレルと、インテリア装飾家の父サミュエル・バレルの間に一人娘として生まれた。センスの良い父親とビジネス手腕に長けた母親の才能を受け継ぎ、幼い頃から“人とは違うスタイル”を意識する感性豊かな少女だったという。

ニューヨーク大学で美術史を学んだ後、「Women's Wear Daily」誌で初めての仕事に就く。“ヴォーグ”愛読者だったアイリスは、ファッション業界に憧れを持ち編集の仕事に就いたが、雑用係だった自分のポジションには将来がないと気付き退職。やがてインテリアデザイナーのエリナー・ジョンソンに師事、1940年代パークアベニューの上流階級の顧客達を相手に、1日最低12時間以上働いた。いつしか「自分で飾ってみたい」と強く思うようになり、自身でインテリアデザイン業を始める。アイリスは20代にして自分の天職に出会ったのだ。

1948年、広告会社エグゼクティブだったカール・パテルと出会い、大恋愛の末に結婚。1950年代初頭、夫婦はOld World Weavers社を設立。アイリスの監修で、アンティークの生地を正確に再現、製造することを専門にし、ビジネスは大成功を収める。裕福なセレブリティから、メトロポリタン美術館など歴史的建造物の内装を手掛けるなど、その仕事は多岐に渡った。そして、9代に渡る歴代大統領の在位期間中、ホワイトハウスの内装修復プロジェクトを任された。二人は仕事のため、毎年三カ月費やして世界中を飛び回り、貴重なテキスタイルデザインを見つけては、特殊な技術で再現、製造し、修復作業に貢献していった。また、世界を旅するうちに、アイリスは熱心なコレクターとなり、織物を集めては衣服に、工芸品を集めては宝飾品に変えた。1950年代ニューヨーク社交シーンの常連となり、その独創的なスタイルが称賛されるようになる。

2005年、メトロポリタン美術館がアイリスのコスチューム・ジュエリーのコレクション展示を打診。「Rara Avis: Selections from the Iris Apfel Collection」は口コミで評判を呼び、驚異的な動員数を記録。同展は各都市へ巡回し、全米から注目を集め、当時84才のアイリスは自らを“80代の新人”と称した。アイリスの魅力は瞬く間に業界を魅了、ヴォーグ誌、ハーパースバザー誌、ペーパー誌、デイズド&コンフューズド誌など様々な出版物の特集を飾り、世界的に高名な写真家ブルース・ウェバーの贔屓のモデルにもなった。KATE SPADEの広告に出演し、M・A・Cとのコラボ商品を企画したり、大手TVショッピングHSNで服やアクセサリーの販売に携わっている。テキサス大学人間生態学学部の客員教授を務め、あらゆる側面からファッション・ビジネスを学ぶ1週間のツアーを監修している。 また、ドキュメンタリー作品『ビル・カニンガム&ニューヨーク』(2013)、『アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生』(2015)に証言者として出演。

アイリス・アプフェル

1921年8月29日、アイリス・バレル・アプフェルは、ニューヨーク州クイーンズのアストリアで、弁護士でブティック経営者の母セイディ・バレルと、インテリア装飾家の父サミュエル・バレルの間に一人娘として生まれた。センスの良い父親とビジネス手腕に長けた母親の才能を受け継ぎ、...

カール・アプフェル

アイリスの夫であり、長年のビジネスパートナー。2015年8月1日、101歳の誕生日を目前に、うっ血性心不全で亡くなった。

マーガレット・ラッセル

1920年創刊の高級インテリア・建築専門誌「アーキテクチュラル・ダイジェスト」編集長。前職はエル・デコ誌編集長を務めた。

ハロルド・コーダ

メトロポリタン美術館の服飾部門学芸員であり、2000年から15年間、同部門の総責任者を務める。アイリスの展覧会他、数々の人気展覧会を企画した。

ドリス・ヴァン・ノッテン

ベルギー・アントワープ出身の世界的に著名なデザイナー。90年代に新しいモードの波としてファッション界を席巻した“アントワープの6人”のメンバー。

カニエ・ウェスト

世界的人気を誇るミュージシャン、HIP HOP MC、音楽プロデューサー。2015年までに、グラミー賞57回ノミネート、うち21回受賞を果たしている。

ブルース・ウェバー

アメリカを代表する写真家兼映画監督。カルバン・クラインのアンダーウェア広告や「Abercrombie & Fitch」の広告写真を手掛け、映画監督として『レッツ・ゲット・ロスト』(1988)、『トゥルーへの手紙』(2004)を製作。

リンダ・ファーゴ

1901年創業の老舗百貨店バーグドルフ・グッドマン副社長兼VMD。世界中のファッショニスタを魅了するデパートの仕掛け人であり、新人デザイナーの発掘にも努めている。

アレキサンダー・ワン

台湾系アメリカ人のファッションデザイナーであり、自身のブランドを持つ。2012~15年バレンシアガのクリエイティブ・ディレクターを務め、2015年“世界で最も影響力のある100人”に選ばれた。

ローリー・ジェヴィス

「M・A・C」エグゼクティブ・ディレクター

ジェナ・ライオンズ

カジュアルブランド「J.CREW」のイメージを一新し、全米で最も人気のあるプレッピーブランドに成長させた、エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター兼CEO。

ナイーム・カーン(デザイナー)

インド系アメリカ人のデザイナー。2003年自身のブランドを立ち上げ、ビヨンセや大統領夫人ミシェル・オバマ、ダイアン・クルーガーなど多くのセレブリティに顧客を持つ。

ビル・カニンガム

NYタイムズ紙で人気ファッションコラムを担当する名物フォトグラファー。50年以上ニューヨークの街角で写真を撮りつづけ、日本で公開された自身のドキュメンタリー映画も大ヒット。

タヴィ・ジェヴィンソン

12歳でファッションブログをスタート、今人気急上昇中のファッションブロガー。女優としても活動し、『おとなの恋には嘘がある』(2014)に出演。

ミッキー・ボードマン

TVパーソナリティ兼編集者。編集長を務めるペーパー誌に“Ask Mr.Mickey”というコラムを持ち、NYファッションウィークで“最もお馴染みの顔”として知られる。

DIRECTOR

アルバート・メイズルス(監督/撮影監督)

1926年、マサチューセッツ州ボストンのドーチェスター生まれ。ボストン大学で心理学の教鞭を取った後、映画製作にキャリアを転向。“ダイレクト・シネマ”(1960年代にアメリカで始まった、撮影と同時に録音し、ナレーションを入れずに手掛ける手法)の先駆者として、初のノンフィクション長編映画『プライマリー』を作り、脚本もセットもインタビューもナレーションもない、生きたドラマが繰り広げられた。その後、弟デヴィッドと共に製作会社メイズルス・フィルムを設立。ビートルズがアメリカでツアーを行った際の映画『ホワッツ・ハピニング!ザ・ビートルズ・イン・ザ・U.S.A.(原題)』(1964)、『ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター』(1969)、ジャクリーン・ケネディ・オナシスの叔母と娘の関係をつづった『グレイ・ガーデンズ(原題)』(1970)などは、ドキュメンタリー映画史上最も重要な作品とされている。近年『ポール・マッカートニー/THE LOVE WE MAKE ~9.11 からコンサート・フォー・ニューヨーク・シティへの軌跡』(2011)ではポール・マッカートニーと再びタッグを組んだ。TV映画『LALEE’S KIN: THE LEGACY OF COTTON』(2001)では、グッゲンハイム奨学金、エミー賞、生涯功労賞、デュポンコロンビア賞、サンダンス映画祭で撮影監督賞など数多く受賞し、アカデミー賞にもノミネートされた。2015年オバマ大統領から名誉勲章を受章したばかりだったが、惜しくも同年3月5日にマンハッタンの自宅で膵臓がんのため88歳で亡くなった。

IRIS’QUOTES

アイリス語録